縄文展に行ってきました

 お盆休みの間に時間が出来たので、上野の博物館に「縄文展」を見に行ってきました。良く教科書で見たような有名どころの「遮光器土偶」「縄文の女神」「合掌土偶」など国宝の土偶や、「火焔型土器」など目の前で見れてよかったです。人は多く混雑していましたが。

 デザインがカッコよくて数千年前の人が作ったものとは思えませんでした。中にイノシシの土偶があったのですが、一つ机の端に置いておきたいくらいに可愛かったです。

 しかし、あまりの暑さにぼーっとしてしまって、写真を一枚も撮っていないことに、上野駅まで帰ってきてから気づきました。それで最初の画像が駅で撮った何の変哲もないポスターになってしまいました。ガッカリ。

 

レレレのおじさん

 朝、クリニックを開く前に入口を掃きます。その時、箒を持っている自分の格好は「レレレのおじさん」みたいだなぁとよく思います。

 いま赤塚不二夫のアニメと言えば上手にリブートとされた「おそ松さん」ですが、ぼくの世代は「元祖天才バカボン」。小学校の頃ゲラゲラ笑って観てました。レレレのおじさんは目玉つながりのおまわりさん、ウナギイヌ、などとともに準レギュラーの一人でした。

 このレレレのおじさんのモデル、仏陀の愚鈍な弟子だった槃特といわれています。記憶力が悪く、他のお弟子さんのようにお経をそらんじることができず落ち込んでいた槃特に、師匠の仏陀はお経を詠む代わりに毎日お寺を隅々まで掃除するように言い渡しました。初め仏陀の真意を測りかねた槃特でしたが、言われたとおりに愚直に掃除を続け、ついにお経を詠まずに悟りを開くことができたそうです。

 それを思うと、レレレのおじさんのようなこの格好も悪くないかもしれません。悟りを開くつもりで、毎日のお掃除を頑張りましょう!

 

葛飾応為の浮世絵

先週あまりに運動不足なので、散歩がてら表参道の太田記念美術館に行ってきました。

目的は開催中の「葛飾北斎展」で、一度見てみたいと思っていた娘のお栄(応為)の「吉原格子先之図」が展示されていたからです。光と影の表現が実に巧みで、この絵が今のイラストレーターの展覧会に紛れ込んでも、全く違和感を感じさせないでしょう。

初めにお栄の話を知ったのが杉浦日向子の漫画「百日紅」でしたが、これが2年前にアニメになりました。3年前にカナダのキャサリン・ゴブィエという人が「北斎と応為」を、朝井まかてが昨年「眩(くらら)」という小説を書いています。これがこの前、NHKでドラマ化されました。

応為ブーム来てんなーと思いますが、お栄については明治26年に書かれた飯島虚心の「葛飾北斎伝」まで纏まった資料がありません。幕末から明治にかけては、彼女だけではなく浮世絵の価値を日本が忘れてしまった時期がありました。

しかし、約200年たって彼女の絵とお栄に光が当たり始めました。これからしばらく、応為の名前を目にする機会が増えそうですね。

沖田総司 終焉の地

 8月に入って雨が続いています。この雨の中、江東区の今戸神社へ行ってきました。ここは招き猫などの「今戸焼き発祥の地」ですが、もう一つ「沖田総司終焉の地」といわれています。

 労咳が悪化して鳥羽伏見の戦いに参加できなかった沖田は、御典医の松本良順によってこの地で治療を受けていました。ここから駿河台の植木屋へ移ってそこで没したという説もあるようです。ちなみに招き猫発祥は世田谷の豪徳寺という話もありますね。

 小学生の頃、姉の少女漫画を借りて和田慎二の「あさぎ色の伝説」を読みました。そのころ世間では何度目かの新選組ブームで、テレビで草刈正雄が沖田を演じた「新撰組始末記」なんかも見てました。目鼻立ちのはっきりした草刈正雄の沖田は斬新で格好良かった。学生時代には司馬遼太郎の「新撰組血風録」や「燃えよ剣」も燃えて読みました。

 なんで今更新選組かといいますと、子どもの自由研究にかこつけて都内の新選組の史跡を回ったのです! 土方歳三や井上源次郎ゆかりの日野や、近藤勇ゆかりの調布にも行ってきました。

 その時は天気も良く感傷的になる要素はなかったのですが、雨に濡れた沖田の碑は少し寂しげに見えました。100%勝手な思い入れですけれども。

好きな本:浅草博徒一代

先週ほおずき市に行ったばかりですが、最近読んだ本に佐賀純一先生の「浅草博徒一代」があります。とても興味深く読みました。古い本で一時絶版になっていたのですが、約十年前にボブディランがこの英訳本から歌詞や設定を剽窃したのではないかと話題にもなりました。

この本は内科の開業医である著者が、元ばくち打ちの患者さんから聞き書きした話をまとめたものです。大正時代から始まり浅草の人情噺、刑務所・賭博場の雰囲気、凄惨な関東大震災・第二次世界大戦、それから戦後の混乱期まで話は多岐に渡ります。概ね平和な時代にある我々にとって、すべてがその博徒や身の回りで起こったこととは、俄かに信じられないほどです。

私も駆け出しの頃、浅草の近くの病院に勤めていたことがありました。刺青の入った年配の患者さんに手術の件でクドクド説明していたら、「先生に命を預けるから、四の五の言わずにスパッと切ってくんな」と怒られました。この本を読みながら懐かしく思い出しました。

続・真田丸 最終回

テレビが直ったので、最終回は自宅のテレビ見れました!

所々に面白い場面はあったのですが、見せ場の合戦のシーンは少し物足りなく感じました。

最後の佐久間象山に関するナレーションも、シックリきませんでした。

期待が大きかっただけに、やや残念な気持ちです。

 

好きな本:サム・ホーソンの事件簿

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 昔から推理小説は好きです。特にブラウン神父もののように、短くて無駄がなく下げが効いてる話は良いですね。

 これは田舎の開業医サム・ホーソン先生がお神酒を飲みながら昔経験した「不可能犯罪」について語る体裁の、推理短編小説です。いろいろな患者さんとの交流も丹念に描かれていて、同じ開業医としてはしっかりと地域に根差しているサム先生がうらやましくもあります。

 「不可能犯罪」というとすぐにディクスン・カーなどを思い出しますが、そういった猟奇的な傾向は乏しく、どちらかというとのんびりした風情が楽しめます。しかし、トリックはハッとさせられる奇抜なものもあり、読者は油断できません。

 ところでサム先生は毎回お酒を飲んでいます。訳文では「お神酒」となっているもの、原文ではスピリット(spirit)とか何とかなんでしょうかね?些細な部分ですが、妙に気になってしまいます。それに、毎回お酒ばかり飲んでいるサム・ホーソン先生の肝臓もちょっと気になります。

後藤又兵衛と黒田長政

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 この前、黒田屏風の話を書かせて頂いたので、もう一つ「槍の又兵衛」こと後藤又兵衛について。「真田丸」では、哀川翔さんが演じています。

 後藤又兵衛はそもそも黒田官兵衛の家来ですが、黒田長政とは兄弟のように育ったという話があります。しかし、長政が家督を継いでからはそりが合わなくなったようで、いろいろ対立したエピソードが残っています。又兵衛は黒田家を出奔する前後は、長政と大変仲の悪かった細川忠興(あの石田三成に干し柿をもらった大名ですね)と仲良くしたりします。

 反対に長政の怒りも凄まじく、又兵衛の仕官を「奉公構」という制度を利用して邪魔したり、何度も刺客を送りこんだりしています。牢人時代は大変苦しい生活を送っていたようです。

 又兵衛は秀頼に恩義を感じており、大阪城に入り戦い抜いて討ち死にします。黒田長政は屏風絵を描かせたときに、自分の家来筋ではあるけれども敵方の武将として戦い抜いた又兵衛について、思いをはせることはあったのでしょうか?

大坂の陣・戦国のゲルニカ

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 「真田丸」も佳境の大坂の陣の話になりました。数年前に同じNHKの番組の「その時歴史は動いた」で、大坂夏の陣を描いた黒田長政の大阪夏の陣図屏風が「戦国のゲルニカ」という題で取り上げられていました。数年前に大阪城に正確な模写があると知ったので、見に行ったことがあります。

 この絵は六曲一双からなる屏風で、右から左へ時間的な推移を描きながら、武将たちの合戦の様子に始まり、その後に起きた雑兵たちによる濫防狼藉の様子が描かれています。「戦国のゲルニカ」という番組の題名は「なんだろう?」と人を惹きつけますが、無差別爆撃対する抗議として描かれたゲルニカと武功顕彰のために描かれた黒田屏風は、そもそも意図が違うとの意見もあるようです。

 戦に負けて大名家が断絶することは(その時に戦力の空白が生じて悲惨な状態になることは)しばしばありました。駿河の今川家、甲斐の武田家、小田原の北条家しかりです。ただし一時期天下を取ったほどの大々名家が籠城の末に数万の敵兵に囲まれ、逃げ場もなく降参することもかなわず、城下の民衆を抱えたまま瓦解する事態は未曽有の出来事でした。戦国時代の最も終わりに起こった・最も悲惨な戦いといえるでしょう。

 黒田長政が(豊臣恩顧の、黒田如水の息子の)直接制作を指示したこの屏風絵は、戦の悲惨さや豊臣家の愚かさを記録するためのものだったと思います。もし武将たちの勇壮な姿を記念に残すのあれば、わざわざ残すに値しない雑兵たちのふるまいを、屏風の半分も使って描く必要はなかったのではないでしょうか?

 黒田長政が描かせたのは「ゲルニカ」の動機とは違いますが、歴史を記録することへの執念のように思います。

天下分け目の戦いが…

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 また「真田丸」の件で、書かせていただきます。

 この前、ウェルメイド・コメディの三谷幸喜が、日本史上最大の合戦だった「関ヶ原の合戦」をどういう風に描くのか、楽しみだとブログに書きました。だって明らかに得意分野ではなさそうですし、大河ドラマとしては避けて通れない大きなイベントだと思っていたので。堂々と1~2話分使って描くのかなと。

 でも、まさか会話の上だけの登場で、たった50秒。あまりの思い切りの良さに、やられたーと思いました。

 大坂の陣へ向かって話が収斂していくために、同じ大きな合戦であり主人公が参戦しなかった「関ヶ原」は、構成上切られてしまったのかな。それにしてもさすが、思い切りがいい!